中国へ独り旅
ANAのマイレージが貯まって、何処かへ行けることになった。
さて、何処へ行こうか。思いつくのは、中国だった。

1987年の夏、香港を経由してヨーロッパを放浪した。
金ない、計画性ない、言葉出来ない、の初めての海外貧乏旅行。
初めて乗った飛行機の窓から見たものは、
映画「ブレードランナー」の冒頭のシーンのようであった。
雨粒が乱れ走る窓からは、電脳要塞のような香港が近づいてきた。
そして、現地時間21時20分、啓徳空港に到着。
「的士」と書いてある赤いタクシーに乗り込み、
意味のわからない広東語のタクシー無線が聞こえてくると、
外国に来たんだ、と改めて実感した。
15分もしないうちにホテルに着くと、何か食べたくなり、外に出た。
軒下を通って雨を避けながら、色とりどりの電飾看板の下を小走りする僕は、
デッカード役のハリソン・フォードに成りきっていた。
食事が終わってホテルに戻ったが、眠れないので広東語のテレビを観た。
テレビが終わる時、いきなり「エリザベス女王」の映像が映し出され、
英国国歌「ゴッド・セイブ・ザ・クィーン」が流れていた。
香港は中国ではなく、イギリスだった。

旅が終わって、夏休みが終わって、学校が始まった。
ウエノという同級生と同じにゼミになった。
ウエノも同じ時期に独り旅をしていた。彼は中国に行っていた。
バックパッカー同士、行き先は違えど、お互いの独り旅を語り合った。
ウエノは、鑑真号という船で大阪港から上海に渡って、中国各地を列車で旅した後、
香港を経由して帰国しており、その時に初めて飛行機に乗っていた。
香港はお互いのトランジットであった。

あれから20年が経った。
香港が中国に返還されて10年になる。
でも、頭の中では香港と中国は別であり、
ウエノの話していた中国には、まだ行っていない。
とりあえず、北京と西安に行こうと思った。
北京は、来年オリンピックが開催される首都。
取り壊されつつある胡同(フートン)を見てみたい。
西安は、シルクロードの起点でイスラム色の強い地方都市。
シルクロードの終点、イスタンブールには行ったことがあるので、
西安も是非行ってみたいと思っていた。
この2都市に絞って、できたら西安からウルムチやカシュガルなどに行って、
シルクロードも堪能できたらいいなぁと思った。

昨年10月に2週間の予定で中国に行くはずだった。
でも、仕事やプライベートな理由で、延ばしに延ばした。
発券から1年は何度でも変更可能なので、なんとかなると余裕でいた。
6月半ば、今度は確実に決めよう!と予約の変更で電話をかけるが、
今度は夏休みの影響などで、7月後半から9月末(リミット)まで
こっちの都合がいいように空席がないという。
結局、仕事の都合もあり、7月1日ー北京、7月6日ー西安、となる。
だったら北京だけ、もしくは西安だけにしたいところだが、
一度、北京イン、西安アウトで取ってしまうと、場所の変更は不可能だという。
2週間のはずが、5泊6日とすっかり短くなった。仕方ない。
それでも行きチャイナ。

2007年7月1日 日曜日

北京にひとり
仕事でもなく、家族とでもなく、久しぶりの独り旅。
予算はない、学生時代のような貧乏旅行モード。
いい歳をしたバックパッカーを乗せたエアチャイナは、
成田を9時過ぎに離陸、4時間ほどのフライトで北京空港に到着。
さて、どないしよう〜?、そうだ、現地のお金が必要だ、と"EXCHANGE"へ。
とりあえず5万円を換金。レートは1元≒約16.7円。
換金が終り、見渡したら"HOTEL RESERVATION"の文字、ホテルを訪ねてみた。
ガイドブックでチェックしていた宿は、380元のはずが、880元に値上がっていた。
胡同(フートン)にある四合院造りの宿で泊まってみたかったが、
日本円で1泊15,000円×3泊はもったいないので、やめることに。
(今思うと、1泊ぐらいはしておけばよかった)
1泊300元(5,010円)でロケーションが良いホテルを紹介してもらい、
空港を出てタクシーで「永光賓館」というホテルへ連れて行ってもらう。
1時間弱で到着。高速代込みで84元、日本円で1,386円。
ガイドブックには市内まで100元以上かかるなんてあったので、割と安くですんだ。
まっ、ボロボロで汚いタクシーではあったが。


北京空港

まずは、天安門へ
着いたホテルは、あまり光の入らない小汚い部屋だった。
水勾配もヘンで、シャワーを浴びると便器回りに水が溜まる。
でも、安いんだから仕方ない。貧乏旅行者だし。
地図でホテルの位置を確認したら「故宮(紫禁城)」の近くに在るようで、
あの「天安門」も歩けそうな距離にあった。
早速、北京の街を歩いてみることにする。
地図では近そうに思えても、暑さのせいか天安門までけっこう遠く感じる。
天安門が近くになるにつれ、中国人の観光客がどんどん増えてくる。
脇の門を潜って20元払ってセキュリティ・チェックを受けて天安門の中に入る。
天安門から広大な広さを誇る「天安門広場」を眺める。
怖そうな顔付きをした軍人が数メートルおきに立っており、
写真を気楽に撮れる雰囲気でもなく、あの天安門事件が起こった所なのだと感じる。
中では生前の毛沢東の演説シーンなどがモニターで流され、
売店は毛沢東グッズのオンパレードであった。


永光賓館


そして、天安門広場へ
天安門を出て、地下道を潜ったら天安門広場に出る。
1989年6月4日、学生デモ隊が武力弾圧された現場に立つ。
一体何万人入るのか、とてつもなく広く感じた。
着いて何も飲んでいないので、屋台でミネラルウォーターを買った。
大勢いる中国人の観光客のように、
片手に半分凍った2元のミネラルウォーターをカタカタさせながら
広大な広場を歩く。


夕方、ホテル周辺を歩く
2007年7月2日 月曜日

胡同巡り
10時頃、ホテルを出て歩き出す。
ホテル近くの王府井(ワンフージン)という繁華街のマクドナルドで朝食。
日本では決して入らないのだが、
どの国へ行っても、国外のマクドナルドには入る、と決めている。
日本とさほど変わりない味と値段であったが。
王府井から地下鉄に乗って、鼓楼大街(グーロウダージェ)という駅へ向う。
地上に出たらすぐ、胡同(フートン)と呼ばれる路地が視界に入ってきた。
胡同とは、故宮を中心にタテヨコ碁盤目に走る路地をいい、
灰色の平屋が立ち並ぶなか、昔ながらの庶民の暮らしが垣間見られる。

さぁー、写真を撮るぞ、とカメラにフィルムを詰める。
カメラは、17年前に買ったキャノンF-1という巻き上げ式の一眼レフ。
今や時代はデジカメ、もはや修理も受け付けてくれないカメラである。
フィルムは、今年3月に発売中止になったコダクローム(PKR)という外式ポジフィルム。
日本では年内でコダクローム現像という特殊現像は終わってしまうので、
買い溜めしたコダクロームを少しでも使いたいと意気込む。
個人的にはコダクロームのトーンが好きで写真を始めたと云っていい程であるが、
デジタル時代の今日、コダクロームはもう必要とされていないらしい。
コダクロームに限らずフィルム自体がもう終焉に向っていて、
便利さとコストパフォーマンスのデジタルには、太刀打ちできない。
でも、今日は仕事じゃない。独りアナログ主義でいいじゃないか。
消えつつあるカメラと消えつつあるフィルムで、消えつつある胡同を撮影する。
15元払って「鐘楼(ジョンロウ)」という楼閣に登って見下ろしてみると、
胡同の屋根と樹木のバランスがいい感じで広がっていた。
この感じ、まさにコダクロームがハマる。(と信じている)

 




王府井のマクドナルド
23.5元(392円)

鐘楼の長く急な一本階段

 

歩き疲れて休んでいる時、明日はどうしようかと考える。
今日みたいに、また別の北京の街を歩くという選択もあるが、
「故宮博物館」もしくは「万里の長城」か、
やはり中国らしい大きなスケールのものを見ておきたいと思う。
ガイドブックにあったルックJTBデスクに電話したら、
午前中に終わる「万里の長城」の日本語ツアーがあると言う。
半日で終わるんだったら午後は何かできる、明日参加することに決める。
確認したいから電話だけの申し込みでなく来て欲しい、と言われ、
ルックJTBデスクがある長冨宮酒店へ向う。

北京は夕方のラッシュ。長冨宮酒店のある建国門(ジェングオメン)へ。
乗ったタクシーは、あちこちに怒鳴り散らしながら、強引な割り込み運転を繰り返す。
あっ、ぶつかる!と思う瞬間が何度もあるが、ぶつからない。
他の車だって衝突寸前まで譲らない。どこからか他の怒鳴り合いの声も聞こえる。
自転車も負けてはいない、クラクションを無視して車道を勝手気ままに行き交う。
まさに戦場と化した中国の道路では、"勇気とテクニック"が必要である。
たまたまなのか、滞在中はまったく事故を目撃することはなかった。
中国人は、"押し"だけでなく、"引く"ことも分かっていて、大事に至らないのか。
因みに、ベトナムでは一日で4回も事故を目撃したことがある。
だからと云って、中国がベトナムより安全っていう訳でもないが。

ツアーの申し込みが終わって、地下鉄で前門(チェンメン)という所へ行く。
地図が当てにならないほど道路やビルは工事だらけ。どんどん変わりゆく北京。
来年の北京オリンピック開催に併せてか、新しいビルがどんどん増えている。
それでもちょっと奥を歩くと、また別な雰囲気が漂う胡同が在った。
この胡同も来年はもしかして、没有(メイヨー)か?!


2007年7月3日 火曜日

「万里の長城」日本語ツアー
歴史も中国のことも何も分かっちゃいないが、
宇宙から肉眼で見えるという「万里の長城」は是非観てみたい。
朝8時、昨日の長富酒店のロビーで参加者が集まり、マイクロバスは出発。
僕を入れて日本人は8人、そして、運転手とガイドの中国人が2人。
日本人は4人組と2人組、僕のように独りぼっちがもう1人。
とりあえずもう1人の独りぼっち(20代らしきサラリーマン)と話すが、
仲良しにはなれなかった。

( 覚えているガイドの話 )
・中国全体の平均月給は2〜3万円で、北京では5〜6万円ぐらい。
 北京の月給は田舎より高いが、その分、物価も高いので、生活は楽ではない。
・中国は、お金持ち1割、農民5割、残りの4割が中流。
 お金持ちは半端じゃないお金持ちであり、もの凄い財産を持っているらしい。
 日本人は、ほとんどが中流みたいなもので、
 日本が共産主義で、中国が資本主義みたいだ、と冗談を言っていた。
・外国製品の関税がとにかく高い。
 日本で1,000万のメルセデス・ベンツは、中国では2,000万もする。
・中国で生産される電化製品はベトナムやタイなどに流れ、
 中国人の携帯電話、パソコン、冷蔵庫などは日本製だったりする。
・とにかく中国は広くて、料理の味も場所によってかなり異なる。
 北京料理は味が濃く、上海料理は味が薄い。四川料理は辛く、広東料理は甘い。
 南部は米をよく食べるが、北部は麺をよく食べる。
・ペットブームの中国、犬や猫も戸籍を必要とするらしい。

そんな話を聞きながら北京郊外を走るバスから、
まだまだ工事中のオリンピックのスタジアムや選手村が見える。
来年のオリンピックまで間に合うの?とガイドに訊いたら、
中国は人が多いから大丈夫ね、それから作業員は3交代で24時間フル活動なので
日本の工期より3倍は速いね、と言われた。

そんなこんなで10時過ぎ、
マイクロバスは「八逹嶺長城(パーターリンチャンチョン)」に到着。
八逹嶺長城が「万里の長城」の観光名所としては一番有名らしい。
ガイドに、1時間半で戻って来て下さい、と八逹嶺長城の入口で言われ、
満足のいくようには上へ登ることはできなかった。
その上、雨が降りそうな曇り空で、遠くは霧でよく見えない。
それでも「万里の長城」は、観て良かったと思う。
少なくてもシンガポールの「マーライオン」みたいに損はしない。
人の想像を超える壮大さは、「ギザのピラミッド」を観た時を彷彿させる。
ツアーではなく、バスや列車で苦労しながら辿り着いていたら、
もっと感動していたに違いない。



1時間半で戻って来たところで、すぐバスに乗るわけでもなく、
入口横のお土産屋さんに閉じ込められただけ。
忘れていた!家族や親戚連中でハワイに行った時、
唯一参加したことのあるマウイ島の日本語ツアーもそうであった。
一通りあちこち連れて行ってくれて、最後はやや強引にお土産を買わされるのである。
もちろん何も買う気もなく、ある店員と話すだけ話をしていたら、
試着室の向こうに秘密の扉があり、僕だけが秘密の小部屋に通された。
ブルガリ、グッチ、ロレックスなど腕時計やバッグなどがたくさんあり、
これスーパーコピーよ、カルチェ1万円、ルイヴィトン3万円、などと言っていた。
著作権という言葉はないのか、悪怯れる様子もなくアッケラカンとしていた。
まるでバンコック、マニラ、ソウルなどの裏路地みたいだが、
ここは有名な世界遺産の入口である。もしかして国営か?それとも民営か?
 

琉璃廠へ
バスがニューオータニに戻って、ツアーが終了。
それにしても、北京は広く、見る所が多過ぎる。
「故宮」「天壇公園」「頤和園」にも行きたい気持ちはあるが諦める。
明日は西安、ここ北京で妻と子に何か土産を選ぼうかと、
昼飯抜きで「琉璃廠(リィウリーチャン)」という所に行く。
アンティークや文具の店が多く、西洋人の観光客が多かった。
妻には筆を、息子には漢字練習帳を購入。
欲しいアンティークもあったが、我慢することに。

筆と漢字練習帳
120元(2,004円)

北京といえば、北京ダックでしょ
北京最後の夜は、ちょっと贅沢をしよう。
本場の北京ダックを食べに「全聚徳」という100年の老舗へ。
北京ダックを初めて食べたのは20代前半だった。
友達が競馬で当たって「おごってやるよ」と言われ、
ある中華料理屋でご馳走になったことがある。
自分は払っていないので、値段は覚えていない。
10年前に妻と香港に行った時も、北京ダックを食べた。
ハーフで、確か日本円で5千円ぐらいだった。
今宵は、本場北京でひとり北京ダック。
一人で丸ごと食べられるか迷ったあげく、一応ハーフに。
最初の何切れしか取れない部位は、味噌だけで食べて下さい、と言われた。
パリパリするこの食感、何とも云えないぐらい旨い!

ハーフの北京ダック 99元(1,653円)


北京最後の夜、また天安門へ
北京ダックも食べたことだし、今夜はホテルでゆっくりしよう。
と思っていたが、最後にもう一度天安門を観に行きたくなる。
21時を過ぎていたが、中国人の観光客がまだ大勢いた。
中国ってホント人が多いんだなぁ。
 
2007年7月4日 水曜日

西安は雨だった
北京→西安の日。
本来なら列車に乗って西安へ行きたいところである。
中国の列車体験談はウエノからよく聞かされていた。
しかし、北京から西安は1,200kmもあって12時間かかる。
5泊6日でそんな心の余裕も時間の余裕もなく、一気に飛行機で西安へ。呆気ない。
北京は晴れていたので天気は気にしてなかったが、
西安に着陸する時、機内の窓は雨粒が乱れ走っていた。
ベルトコンベアーに流れて来た僕の青いリュックも、びしょびしょ。
屋根があったり、カバーを掛けてくれたり、西安空港はしてくれない。
20年付き合ってきたこのリュック、新宿西口の石井スポーツで買った安物。
汚れたり、濡れたり、かなり年季が入って来た。

空港からは25元のバスで市内に。タクシー代はケチることに。
バスが到着して間もなく、ヘンな日本語を話すお兄さんに声をかけられる。
ホテルのある旅行サービス会社の人らしく、日本語がヘンでも信用できそうな人。
こっちは中国語できないし、雨の中で探すのも面倒なので、彼にホテルの予約を取ってもらう。
「鐘楼(ジョンロウ)」近くの「五一酒店」、1泊138元(2,304円)で北京の半額以下。
奇麗な部屋でないが、北京よりは広くてまだマシ。

 

エアポートバスから
西安の「鐘楼」

 

ちょっと休んで外を歩く。日本から持ってきた折り畳み傘が役にたつ。
空は暗いし、傘さしての撮影は困難なので、目的もなく適当にうろつく。
そのうち「化覚巷(ホアジュエシアン)」という所に迷い込む。
小さな店ばかりで、売っている物は中国というよりは、イスラムっぽい。
ある店で卵の形をしたオカリナのような笛に興味を示す。
店のオネーさんに、1個45元が4つで120元にするから、とつい買ってしまう。
白虎や龍など、この4つで何かが成立するらしいが、意味は分からなかった。
その後、「貫三権湯包子」というところでパオズを食べる。
色々食べて飲み物も頼んで41元。とても美味しかったが、最後は苦しぃ〜。
ホテルに戻る前、「鐘楼」近くの店でクシを買う。

西安風?オカリナ4個 120元(2,004円)
クシ 128元(2,137円)
←「貫三権湯包子」 41元(684円)  
2007年7月5日 木曜日

西安は今日も雨だった
2007年7月5日、完全なる雨、残念。
晴れた西安を知らないまま、明日は帰国かぁ。
シルクロードの起点は西安、終点はイスタンブールである。
学生時代にイスタンブールは行ったことがあるので、
西安で、シルクロードの起点と終点に行ったつもりになりたかった。
シルクロードと云えばスコンと晴れていて、茶褐色なイメージ。
こんなドシャ降りじゃ、そんな雰囲気は微塵もなく、
シルクロードのシの字も感じることは出来ない。
中2か中3の時、NHKの番組「シルクロード」を時々見ていた。
喜多郎のシンセサイザーでも流れてきそうな世界を
持ってきたコダクロームでバシャバシャ撮りたかったのに悔しい。
あの当時の「キャノン AE-1」のTVコマーシャルで、
シルクロードをラクダが走っているところを連写しているシーンがあった。
一眼レフを持ってシルクロード、あの頃からの密かな憧れであった。
しかし、そんな想いは空しく、シルクロードは幻となる。

兵馬俑坑博物館へ
まず「兵馬俑坑博物館(ビンマーヨンコンボーグアン)」へ行くことに。
屋根が付いているので、雨でも安心して観られる。
1979年の「兵馬俑」が発見されたニュースは、なんとなく覚えている。
何か凄いものが発見された事ぐらいは、小学3年にも分かった。
そんな外せない世界遺産「兵馬俑」を是非観ておきたい。
北京の「万里の長城」を観たんだから、西安の「兵馬俑」も観ておきたい。
所詮、1日半しか居ない西安、行ける所なんて限られる。

ホテルを出て、近くのバス停へ。
たくさん走っている市バスの番号を確かめ、1元のボロバスで西安駅へ。
駅前がドカンと広く、西安という赤い文字が見えてくる。
西安駅前で、「兵馬俑(ヘイバヨウ)!」と声をかけてきたオッサンは無視して
昨日のお兄さんに教えてもらっていた306という番号のバスを見つけ出す。
満員になったオンボロバスは、どう見ても現地の人ばかり。
車掌らしきお兄さんに、「兵馬俑(ビンマーヨン) ?!」と訊かれ、
うなずくことしか出来ず、7元を払う。
ぎゅうぎゅう詰めのバスは、みんなよく喋りに賑やかだった。
ところが、ある所でほとんどの人が降りてしまい、急に静かになる。
え!ここが「兵馬俑」なの?とちょっと心配になった瞬間、
曇ったガラスを拭いて外を覗き見るが、
そこは何かの劇場らしく、みんなはその劇場へぞろぞろ入って行った。
そこからしばらく走って、バスがエンジンを止めた。
そこが終点で、「ビンマーヨン」と云われた。残っていたのは僕を含め3人だけ。
他の2人は見知らぬ路地の中へと消えて行く。

バスから降りたら、だだっ広い駐車場だけ。
遠くに大きな観光バスで何台か停まっていたので、そこへ向って歩き出す。
そこから広い道に出てしばらく歩くと、大きな武官俑が見え入口が分かる。
「兵馬俑坑博物館」の入場料は90元(1,503円)。中国にしては結構高い。
入口付近で、"オバサンガイドさん"に日本語で話しかけられる。
ガイドがあると兵馬俑の事が色々わかりますよ、料金は100元です、と言われ、
後でお願いしようと思いつつ、とりあえず別れてチケット売り場へ。
チケット売り場では、今度は"オネーサンガイドさん"に日本語で話しかけられる。
ガイド100ゲン、ニホンゴデ、セツメイキカナイト、アナタ、キットワカラナイヨ、と。
どちらもガイド料は100元(1,670円)。きっと規定された値段なんであろう。
オバサンの方が流暢な日本語で、オネーサンより聴き取りやすかった。
でも、オバサン < オネーサン。
オバサンに見つからないように、さっさと第1号坑へ進む。

ガイドのオネーサンの名前は、宋さん。
巨大な第1号坑のあまりの兵士や馬の俑の多さに圧倒!
こんなの造っちゃう始皇帝って、かなり強引で無茶苦茶な人に違いない。
聞けば、「万里の長城」や「秦始皇帝陵」もそうだと云う。
そんなとてつもないモノを造らされたら、農民や兵士もたまったもんじゃない。
反発が起こって、わずか15年で政府が破綻してしまうのが分かる。
第1号坑のトップライトから自然光は入るが、雨のドン天でけっこう暗い。
コダクローム(PKR)はISO64の低感度で、三脚無しではかなり厳しい。
デジカメだと感度を上げて手ブレも無く撮れるであろうが、
それに比べフィルムは不便だ、悪条件だからもっと不便である。
だから気合いも入り、味のある写真が撮れれば、それもまた一興である。
デジカメで物理的にキレイに撮れたからって、それはツマラナイのである。

第1号坑を出て、規模の小さい第2号坑、第3号坑と一通り廻ったら
1974年に「兵馬俑」を発見した揚さんが来ていた。
120元(2,000円)もするカタログを買って、揚さんにサインをしてもらう。
発見した当時ごく普通の農民の揚さんは「兵馬俑」の発見で有名になるが、
中国政府からのお礼は、たった40元だったと云う。
ただそれ以前にも井戸が掘られて俑が壊れていたりする跡が幾つもあるので、
揚さんが初めて「兵馬俑」を発見したわけでないとのこと。
その昔、いきなりハニワなんかが現れたりすると、
農民たちは怖くなってまた埋め戻したのではないかと云われている。



No.306のバスへ




No.306のバスから




入口の武官俑




宋さんと第1号坑




揚さんのサイン



宋さんとランチ
見学が終わって、宋さんの会社の社員食堂に連れて行ってもらう。
朝は何も食べずに来たので、欲張って注文する。
一人で店に入って漢字を勝手に判断して頼むと、
想像と違ったものが出て来たりすることもあったが、
(それはそれで海外旅行の面白さでもあるが・・)
宋さんのおかげで食べたいものが食べられる。
隣の写真の他に、スープとビールも頼んで、63元(1,052円)。
社員食堂のせいか、庶民的な料理を味わえた気がした。
宋さん、謝謝&再見!


西安は最後まで雨だった
あまりの雨で、もうスニーカーがグチャグチャ。
足もふやけてしまって、もう我慢の限界である。
元々捨ててもいいような何年も履いている靴で中国に来ている。
コレって中国らしいんじゃないか、とナイキに似たようなマークのスニーカーを買う。
一旦ホテルに戻り、グチャグチャスニーカーはゴミ箱行き、新しい靴にチェンジ。
明日はない、雨の西安に再び繰り出し、タクシー拾って「大雁塔」へ行く。
ガイドブックにはこう書いてあった、
"夕焼けに浮かび上がる塔は古都西安ならではの風情にあふれている"
ちょうど夕方であるが、太陽なんてどこにもありゃしない。
それどころか霧なのかガスなのか視界さえ遮られ、遠くが見えない。
「大雁塔」に登ろうと一瞬思ったが、登ったところで西安の街が見えるとは思えなく、
諦める。
何で行ったんだかよく分からないまま、タクシーを拾い「清真大寺」へ向う。
「安定門」や「城壁」にも、傘をさしながら歩く。
最後に再び「化覚巷」に行って、兵馬俑のレプリカを買う。
西安に行ったからって、兵馬俑のレプリカを買うのはどうかな、と思っていたが、
雨で思うように動けないせいか、買わないと気が済まなくなっていた。
兵馬俑のレプリカ
40元(668円)


西安ダック VS 北京ダック
中国最後の晩餐。西安と云えば、創作餃子。
でも雨の中、餃子屋を探す気力も元気もなく、ホテル近くの「西安栲鴨店」に入る。
西安ダックっというものがあって、なんと1500年の歴史があるらしい。
見た感じは、ほとんど北京ダック。食べてみても、ほとんど北京ダック。
西安ダックと北京ダックとの大きな違いは分からないが、値段が安くていい。
ただ北京の「全聚徳」の何とも云えない食感は、味わえない。
ハーフの西安ダック、ビール、豆と鶏肉の炒めものを食したところで、
やはり餃子屋に行くべきだったのか、と思う。


「西安栲鴨店」57元(951円)→
2007年7月6日 金曜日

再見、西安
西安を去る日、雨はやんでいた。人生こんなもんである。
6時半過ぎにホテルを出て、エアポートバス乗り場まで歩く。
空港に早く着き過ぎてしまい、空港内の喫茶店に入る。
コーヒー一杯が58元(約千円)。昨日の西安ダックの店で57元なのに。
空港だから高いのも当然だが、それでもナントカ麺の倍以上はしていた。
メニューをみるとお茶は78元だったりと、もっと高い。
今回お茶は飲まなかったが、そういえばどの店もお茶だけは高かった気がする。
中国だから普通にお茶は飲んでいると思うが、高級なお茶は別格らしい。
喫茶店を出てチェックイン。さっさとゲートに向う。
でも早く行ったにも関わらず、なかなか飛行機がやって来ない。
航路が混んでいて遅れているという。出発は1時間以上の遅れ。



エアポートバス乗り場

パニック・イン・上海空港
乗り換えはイヤだな、直行便がいいな、
なんて不安に思っていたことが的中してしまった。
今までだって飛行機が遅れた経験は何回もあるが、
明日は仕事なので焦っている。

本来なら、西安から12時には上海に着いて、
余裕で上海から14時35分発の東京行きに乗り込むはずであった。
でも、着陸した時点で時計は13時30分になろうとしていた。
で、こんな時に限ってタラップを降りて
バスでゲートまで時間のかかる移動であったり、
ターンテーブルで荷物がなかなか出て来なかったり。

ターンテーブルからリュックを救い上げると猛ダッシュ。
初めての上海空港、国内線ターミナルから国際線ターミナルまでは遠い。
とにかく東京行きのチェックインを急がなければならない。
チェックインカウンターに辿り着いた時は、出発まで40分しかない。
航空券を渡したら、"Day Change?" て言われて、
確かに何回も日程を変えているので "Yes" って答えると、
その女性は他の人たちと何か話し合いを初めて
こっちは急いでいるのに、なかなか搭乗券を渡してくれない。
たいした時間じゃなかったかもしれないが、こんな時は特に長く感じる。
待っている間、カウンターの上にあった「出国旅客荷物物品申告書」に、
いろいろ書き込み、こっちはできる限り準備に備える。
そして搭乗券を渡してくれたら、"Quick ! Quick ! " なんて言われ、
そっちが遅いくせに〜!、と思いながら、再び猛ダッシュ。
セキュリティの人には、"液体禁止"と言われ、
持っていたミネラルウォーターを一気飲みし、
空のペットボトルをそのままセキュリティの人に押し付ける。
いよいよ出国審査。テーブルで書いてる時間も無駄なので、
パスポートを下敷きに出国カードに記入しながら並ぶ。


522元
ついに、ゲートに向って搭乗するだけとなった。
が、財布には522元が残っている。
中国元を日本円に換えようとするが、銀行や両替所が見当たらない。
入国時は、"EXCHANGE" という文字をたくさん見た気がするが、
出国時は、"DUTY FREE" という文字しかないじゃないか。
中国元を持って帰っても、日本では換金できないらしいので、
じゃ、手っ取り早く、酒でも買うかぁ、ってことになり、免税店へ。
時間が無い、頭の中は足し算だけ。即決で紹興酒を二本。
518元(8,650円)の支払いで、残った4元は記念硬貨に。
ギョーザやザーサイでもつまみながら、この紹興酒を飲もう、
と酒好きは楽しみに思うだけ。

箱が立派な紹興酒

帰国便 CA919
遅れて機内に入って右側へ進もうとすると、左側だと言われた。
搭乗券をよく見ると"Class : ECONOMY"でなく、"Class : BUSINESS"だ。
エコノミーを乗り続けて貯まったマイレージで、最後はなぜかビジネスクラス。
乗換え時間が少なくなったので、エアチャイナがサービスしてくれたのか?
いや、そんなサービスをしてくれるような航空会社か、ただのオーバー・ブッキングでは。
どっちにしても、こっちはラッキーと思うだけ。
席に座るなり、おしぼりが出てきて、シャンパンを一杯。
離陸したら、電動シートで思いっきり横になり、思いっきり足を伸ばす。
貧乏旅行のことなんかとっくに忘れ、
白いテーブルクロスの上で、中華風パスタ、ビール、赤ワインなど、
ここぞとばかりに調子に乗って注文を繰り返す。

ゴーイン・バック・トゥ・チャイナ
機内でリラックスしていたら、
ある歌謡曲のフレーズが突然、頭に思い浮かんでくる。
「今夜連れて行かれたいチャイナ、今夜異国で抱きしめて〜♪」
中2の時に聞いた、鹿取洋子のデビュー曲『ゴーイン・バック・トゥ・チャイナ』である。
鹿取洋子は松田聖子と同じ頃にデビューしたアイドルで、
この『ゴーイン〜』は、元々はオランダのディーゼルというバンドの曲。
どっちも、TVやラジオで1、2度聞いた程度で、サビの部分しか思い出せないが、
その"チャイナ"という響きに、何かエキゾチックな印象を抱き続けていた。
へぇ〜、中国のことを英語で、"チャイナ"って呼ぶんだ、
この曲で初めて知ったのであった。

18時50分、成田に到着。短かった中国旅行が終了。
飛行機を降りないで、そのまま上海にまた逆戻りしたい気分。
日本に着いたばかりで、「今夜連れて行かれたいチャイナ」。
でも明日は、『ゴーイン・バック・トゥ・シゴト』。
短かった旅ではあるが、いつも旅は終わってしまえば夢のようなもの。
帰りの新宿行きリムジンバスの中、携帯電話を取り出し、ウエノにメールを打つ。
”やっと中国へ行って来たぜ・・・”














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